A Note

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僕は生まれてからずっと、そしていまだに人の生きる目的が何なのか分からずにいるが、そんな気分が特別に高まったある日、何年前かのこと、僕は母親と話していてこんなことを言った:「パレスチナのゲリラには日本人のような平和はないが人生の目的がある。ある意味では羨ましい人生を生きている」

彼女は、それは違うと思うと言った。まあそれに説得される部分もある、つまり僕が平和に倦んで下らないことを言っただけで、パレスチナの人たちの苦境は地獄のようなものかもしれないんだ。それでもパレスチナの戦士にはイスラエルという明確な悪を地上から廃絶するために戦うという強烈な目的意識がある。そしてそれはこれ以上ない強度に貫かれた生であり時間だと思うし僕はそれにどこか憧れる自分の愚かさを否定しない。

腹が減ってきたな、パレスチナ人は主食は何を食ってるのかな。

パレスチナイスラエルどちらがより悪いかという問題だけど、イスラエルのほうが明確に悪いし残虐だし狡猾だよ。この点に関しては議論の余地を僕は認めない。


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英語圏の雑誌だと質の高いいわゆるinvestigative reportが無料で読めるんだよね。数ヶ月に渡る現地取材また関係者へのインタビューを経てようやく書けるような、時間も金も労力もかかった、読み終えるのに2時間はかかるような優秀な書き手による長文の記事だ。

一方日本語圏でそういう機会はほぼ全くない。無料で読めるのはほぼジャンクニュースに限られて、良質な長文の調査報道記事が無料で読めることはありえない。これは僕が何年か前から英語でwebを使うようになって、言語間の大きな違いだと思っていることの一つ。

たとえばTHE NEW YORKER誌*1の「A Reporter at Large*2」というセクションがあるんだけど、ここは記者が数ヶ月に渡る綿密な取材を経てようやく書くような読み応えのある長い記事を載せる場所だ。過去記事もwebにあって購読者でなくても全部読めてすごいよ。もちろんnew yorkerに載るくらいだから記事の質も水準以上だ。

日本って西欧でいうinvestigative reportingの伝統がないんじゃん。ジャーナリズムの仕組み自体が違うんだねきっと。asahiがどこまで行っても決してnytに勝たないように、この国の報道は何かが負けているし最終的に出力される記事のレベルも低い。