A Note

^_^

失敗した新国立競技場の設計、責任は誰が負うのか

snjpn.net
news.livedoor.com




「設計に関わった隈研吾氏はドームやスタジアムなどの設計建研はほぼ皆無。そして大成建設もそういった大型空間の実績は弱い。完全に造らせる相手を間違えている。と、竹N工務店勤務の方は仰ってました。」



それで案の定プロジェクト失敗したんじゃん。2000億円以上費やして間違った競技場作る余裕があるんだから日本にはまだ金があるな ( ˘ω˘)

あーそうなんだー、でもどれだけひどいのかなと思って写真見たら本当にひどかった。この競技場、失敗作だ。莫大な金使って新しく競技場作ってなんでこういうことになるかな。絶対にもっとうまく作れたのに、ところがそうはならなかった。

あーすべてを隈研吾の責任に帰すつもりはないけどさ、隈さん事務所やあるいはこのプロジェクトにある程度高いレベルで中枢において参加した人たち、スタジアムで実際にスポーツを見てないだろ。見てたらどうしてこんな設計になる。ならない。

建築と彫刻とが違うのは、前者は人が使うこと。彫刻は地面に置いて眺めるだけだからどんな形だろうといいが、建築は中に人が入って使うわけだからデザイン的な達成を目指すだけではなくてそれは人が使いやすくなければならない。特にスタジアムとか劇場とかこの種の公共空間においてはそれは絶対的な条件。ところが隈研吾はそれを知らなかったみたいだ。どういうわけか、新国立競技場は人が使いやすいスタジアムには出来上がらなかった。

意匠を最優先に据えた結果、座席の狭すぎる通路の細すぎるトイレの少なすぎる失敗した競技場が華々しく出来上がった。

これ誰の責任?