A Note

^_^

asahi.com朝日新聞社):ワンブレーク、ノーブレーク

腕利きとして知られている銀座のお直し屋さんで、スーツのパンツの裾(すそ)上げをしてもらった。足元にしゃがんで折り込んだ裾にピンを打ちながら、担当者はこう尋ねてきた。「ノーブレークでいいですか?」

少し前なら、「ワンブレークでいいですか?」と尋ねられることがほとんどだったように思う。ワンブレークとは、パンツの裾が靴のひもを隠す程度に少しだけたるみがある状態のこと。


仕事着にスーツを着る人なら分かるはずだけど、ワンブレイク、ノーブレイクというのはパンツの裾の丈を言う言葉で、上にもあるが最近の流行りはノーブレイク。特に、少し服が好きなしかも若い世代なら、裾にたるみを作ることを好まないだろう。上のこれは7年前の記事だけど、銀座の仕立て屋ならおそらく基本的にはトラディショナルなスタイルを守るはず、でもそこでさえノーブレイクの丈を勧めるのだからどんな世界にも流行りがある。

日本ではブレイクをクッションと言い換えて、ワンクッション、ノークッションという言葉が使われているけどこれは日本へ言葉を輸入した人が「ブレイク」では意味が取りにくいので、適当なところで「クッション」に言い換えたんだと思う。英語圏ではパンツの丈を表すのに「クッション」という言葉を使わないので、その言葉で検索しても服飾関係のことは何もヒットしない。英語では裾丈の短い順に、No break, Slight break, Medium break, Full break.

僕は普段スーツのパンツは裾の処理をシングル、ノーブレイクで着てる。個人的にダブル=裾の折り返しは悪趣味だと思う。そう見える。裾に折り返しなんてなぜ必要なのか? そこに機能的な意味は全くない。つまりあれはただの飾りなのだ。しかし僕はあの飾りを全然美しいと思わない。だから裾に無意味な折り返しを作るダブルの処理を好まない。Less is moreと言いたいわけじゃないが、そもそも機能的に要請されない装飾は最低限でいいし、美的にもそれが一番高い。

ノーブレイクの丈。パンツのウエストを腰骨に合わせたとき、一般的な高さを持つシューズの上面には裾がぎりぎり触れない丈だ。スーツは可能な限りシワや余分な生地の余りなく、体にフィットさせて着るのが美しいと誰も認めるだろう。街を歩いていて、スーツ姿が素晴らしく決まっていると思う人がごくたまにいるが、そういう人はまず第一にサイズが完璧に合ったものを着ている。あとはそもそも本人のスタイルがいいとか顔がいいとかそんなことは当然大きな助けになるが、まあそれは各人が所与の条件を受け入れるしかない。スーツはサイズだ。そこで外していたら、あとはいくら生地が良くても小物で飾り立てても何の意味もない。金はかかっているが野暮ったい成金趣味になってしまう。

ではもしそうだとしたら、裾丈の話だ、わざわざ長さを余して、パンツの裾にだらしなくシワを作る理由はそもそもあるのか? このあたりは美的に考えると、伝統的に良しとされてきたぽよんと弛んだフルブレイクの裾より、生地の末端まで裾がきちんと張り切ったノーブレイクの仕上げのほうが端正だとも言えるのだ。少なくとも僕にはそう見える。