A Note

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実際そういうのを見たら奇異に思ってその場で友達でもいたらネタにしてしまうかもしれないけど、でも本当はそういう人たちのことをただ笑いものにしたくないな。なぜなら人間が病んでるのはまず社会が病んでるからだと考えたほうがいい。年間3万人自殺するのはなぜかというと、それほど死にたくなってしまうような社会だからだ。その社会の構成員は誰かというと間違いなく僕を含む人間たちであるわけだから、社会が冷たくて生きるに値しないものであるなら一人ひとりがほんの少しずつそのことに責任を負っているといえる。

自己規定が多数派じゃないからそういう振る舞いが普通とは違う人たちを心情的に肯定しがちなところが自分にあるのと、あとはハンバーグに話しかけるのはそれほど悪いことじゃない。友達同士でご飯食べてるのに互いに目も合わせず黙々と、自分らのiPhonexperiaをいじってるというのが珍しいことではなくなった今では、声を出して発語するというただそれだけのことさえ無条件に善だと言いたい気分にさせられるよ、たとえその話し相手が美味なるハンバーグだろうと、その後で食べた柔らかなパンケーキだろうとね。

僕は自分が安定感に満ちて包容力のある男だということを印象づけるためにこんなこと書いてるわけじゃない… という最後のやつ=これが蛇足だ

あと英語のほうが直接的な表現が可能で使いやすいと日本語で書いてて思った。日本語で書いてると婉曲的な世間体を気にする日本人のマインドで考えるのを避けられない。使う言語のほうから思考の過程や枠組みが規定されるということがあるわけだ。僕は英語の好きなのは構造がロジカルで敬語や謙譲語がないところだ。