A Note

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あけましておめでとうございます。いきなりですが、今年で人生を変えるつもりです。ただ、もし来年の年初にも同じ事を言ってたらそのときは絶対にこいつ=自分を殴りたい笑 自分自身に向かって、何だお前そこまでの人間なのか、カスだなと言いたい気持ちは分かるでしょう。自分自身の無能力や怠惰さ、意志の弱さ、情けなさへの苛立ち、怒りです。

いい方に変わるか悪い方に変わるか、それははっきり言ってどちらでもいいです。なぜならこの世に良いことも悪いこともない=人間万事塞翁が馬でしょうから。そのときには素晴らしい幸福だと思えたことが実は地獄へ通じる道だったりしますし、いっぽう、どうしようもない最低の不幸だと思えたことが自分を次の段階へと大きく成長させてくれたりもします。

"blessing in disguise" という慣用が英語にあるようです。blessingは幸福、祝福の意味で、in disguiseは偽装された、という意味です。直訳すると「偽装された幸せ」 この語は普通「不幸や悲劇の顔をして訪れる幸福がある」という意味で用いられる。きっとそんなものでしょう。だから別に不幸だろうと幸福だろうと、何が起ころうといい。何も起こらないよりは。

人生に必要なのは世間並みの幸福や心落ち着かす安定などではなくて強度ではないでしょうか? 僕にはそう思える。最悪の絶望と無上の歓喜の間を揺れ動くような浮き沈みの激しい人生が理想です。生き方そのものが面白いと言われるような人間になりたい。

人間のかっこよさがその人の顔や見た目でしか判別できない人間は幼稚な子供です。かっこいい生き方=美的に美しい人生はその人の見た目とはまったく関係がない。もちろん本当に美しく生きている人たちは、綺麗に装っている場合が多いとは思うけど。

以上まことに簡単ではございますが、年の若い人間にありがちな妙な気負いと青くささ、一抹の危うさも感じさせるこの文章を、年初の挨拶にかえさせていただきます…