A Note

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"こんばんは。こちらはついこの間ドバイのホテルで何者かによって暗殺されましたMahmoud al-Mabhouh氏です。(写真をcenteringする方法がよく分かりません)彼はパレスチナの政治組織Hamas武装部門における司令官でして、武器調達の責任者であったということです。今回のドバイへの訪問も取引の遂行が主な任務だったようですが、おそらくモサドの手にかかり亡き人となりました。残念です。さて、彼の名前をWebで検索するとやはり "Terrorist" という言葉と共に見つかることが多いのですが、何せ僕自身がテロリストなのだというような気持ちでこの国に住んでいることもありまして、それには少し苛立ちを覚えましたね。これはもちろん僕は家でせっせと爆弾を作ってますよという告白ではありませんし、陰険な公安の方々とはお近づきになりたくもありません。そうではなくて僕が自分をテロリストと呼ぶのは比喩的な意味でです。つまり啄木の言う意味においてです。彼のものに "われは知る、テロリストのかなしき心を" という有名な句がありますが、たしかに表現者というのはマシンガンや爆弾の代わりに平和的な闘争手段を選択したテロリストに違いないわけです。それを理解していたが故の彼の句で、僕がテロリストであるというのはその意味においてです。さて、Mahmoud al-Mabhouh氏はテロリストと呼ばれる。たしかに彼は闘争の手段として映画でも小説でもなく暴力を選択したのでしょう。しかしこれは大切なことですが、イスラエルというのがそもそもterrorist stateであるわけです。パレスチナに数ある武装組織はそのような危険な国家に対抗し、自らを守るためにやむを得ず暴力という手段を選択したのに過ぎない。ところがイスラエル兵の行使する暴力はいつでも正当防衛と呼ばれ、パレスチナの戦士が行使する暴力はいつでもテロリズムの名で呼ばれる。これは決してフェアなことではありませんので僕はムカつきます。先のガザ侵略においてイスラエル軍の犯した戦争犯罪に関連して誰かIDFの将軍が逮捕され訴追されたという話も聞かない。正直に言ってどうなっているのかよく分かりません。もしかするともう何もかもがおかしくなっているのかもしれません。一つだけ確かなのはパレスチナ人に未来などないということです。そしてこのような世界、イスラエル軍によるジェノサイドが簡単に見逃されていくような世界で、パレスチナ人はイスラエルの路線バスを吹き飛ばすなとか、イスラエルに向けてロケット弾を打ち込むなとか言うことには全く、本当に、恐ろしいほどに意味がない…

彼がテロリストとばかり呼ばれているのを見て可哀想に思いましたのでここにあえて追悼します。R.I.P. Mahmoud al-Mabhouh. 僕がもしパレスチナに生まれていたらおそらくカメラではなく銃でshootする大人になるのではないか。もちろんカメラでshootすることは誰も殺さないという点において銃よりも良いし、それが可能な限りはそちらを選択するべきだろう。しかしもし自分が現地のnativeだとしたらそんな生ぬるいことを言っていられるのだろうか"

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「自分のスタイルは変えない」国母選手が帰国 服装は…


"「自分のスタイルを変えず、そのままでいきたい」と話した"  "空気の支配?知らね" の僕はこの恐ろしく均質な国で徹底して個人であり続けようとする彼の姿勢を支持してしまう。たしかにある意味ではcontroversialだった彼自身の言動が引き起こした今回の騒動に関しては、しかしその一切を反省することなくこれからもプロとして頑張って欲しいし、ガンガン稼いで欲しい。逆に言うと、少し叱られたくらいで簡単に反省したり謝ったりしてしまう人間の信じていた主義やスタイルなど何ほどのものでもないではないか。もし誰かのstyleというのがその人の内部の深いところに根ざしているものであるとすれば、少し騒動になったくらいで汚れたシャツを脱ぎ捨てるようにして取り替えてしまえるはずはない。自らについての悪くない世評を維持したいがために簡単に頭を下げたり、あげくには魂を売り渡したりするような情けない人たちが、容易に自分を曲げることのない国母君の姿を見て学び、きちんと反省してくれることを切に望む。彼本人について言うと、なんだか口数少ない寡黙な男だなあという感じを受けるのだが不思議とそれが好印象なのだ。なぜだろうと考えてみたが、おそらくこれは僕が下らないことばかりしゃべる口を持っているため、自分に欠けたもの、つまり彼に付き従う沈黙という要素に憧れているものと思われる。